- 1 現在,法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において,少年法の適用年齢を現行の20歳未満から18歳未満に引き下げることの是非及び非行少年を含む犯罪者に対する処遇のあり方が議論されている。
当会は,既に2015年(平成27年)7月3日付で「少年法の適用年齢引下げに反対する声明」を発表しているが,上記部会での議論が進み,遠くない時期に答申が出される可能性も考えられることから,今回改めて本声明を発するものである。
- 2 法制審議会においては,少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げるべき理由として,①民法上の成年年齢が18歳となることから,少年法の適用年齢も18歳未満に統一することが国民に分かりやすいこと(国法上の統一),②民法の行為能力及び親権に服する年齢が18歳に引き下がり,民法上の成年者に対して,保護主義(パターナリズム)に基づく保護処分の対象とすることは過剰な介入であること,③少年法の適用年齢を引き下げたとしても,少年法の対象から外れる18歳及び19歳の若年者が起訴猶予となった場合には,家庭裁判所に送致して少年法と同様の処分を実施する「若年者に対する新たな処分」で対応すれば問題はないこと,等が挙げられている。
しかし,これらの理由はいずれも少年法の適用年齢を引き下げる理由にはならない。
- 3 ①について,国法上の統一は,少年法適用年齢を引き下げる理由にはならないこと
既に先の声明でも指摘したとおり,法律の適用年齢は,それぞれの法律の立法趣旨等に照らして,個別具体的に検討されるべきものである。現に飲酒・喫煙,公営ギャンブル等については,健康被害防止や非行防止,青少年保護の観点から,民法上の成年年齢の変更に合わせることなく,20歳以上とする適用年齢が維持されている。
民法の成年年齢の引き下げは,18歳及び19歳の若年者は成長の過程にある未熟な存在であることを前提とした上で,主に経済取引を前提に行為能力を認め,ひいては積極的な意欲を有する者の社会参加を促す,という目的から行われたものである。
一方で,少年法がその適用年齢を20歳未満としているのは,犯罪傾向の分析の結果,20歳程度までの非行は心身の発達が十分ではなく,環境その他の外部的条件の影響を受けやすいために起こるものであり,刑罰よりも保護処分による教化を図る方が適切であるとの判断によるものである。
経済取引に着目して社会的,経済的に成熟しているかを基準とする民法と,生活環境や資質上のハンディキャップも含めた要保護性の観点から未成熟性を問題とする少年法とでは,立法の趣旨目的が全く異なっており,その適用年齢に差異を生じるのはむしろ当然のことである。
少年法の適用年齢は,少年法の立法趣旨に照らし,非行を犯した少年の更生と再犯防止,その結果としての社会の安全確保という観点から考えるべきであり,法の趣旨が全く異なる民法上の成年年齢と統一させなければならない理由はない。
- 4 ②について,民法上の成年者への保護主義に基づく介入は過剰ではないこと
保護主義(パターナリズム)による国家の介入が許容される年齢は,一律に決定されるものではなく,その介入の必要性や介入の内容・性質によって異なるというべきである。飲酒・喫煙・ギャンブルの禁止も,健康被害防止や非行防止,青少年保護という本人の利益を守るという観点からのパターナリズムによる国家の介入であって,民法上の成年者への介入を許容するものである。
少年法による介入は,身体拘束も含むことから,その程度は大きいと言えるが,他方で未成熟で可塑性の高い少年に対する更生や社会復帰の効果は大きく,少年にとって利益になることから,民法上の成年者であっても,これを保護処分の対象とすることが過剰な介入になるものではない。
- 5 ③について,若年者に対する新たな処分は現行少年法の代替制度とはなり得ないこと
少年法の適用年齢が引下げられた場合,現在の少年事件の約半数にも及ぶ事件が少年審判手続から除かれ,教育的働き掛けの対象外とされる。そして,これらの事件の多くは,成人の事件として刑事手続に付された場合には検察官による不起訴処分や略式命令による罰金刑をもって終了することが予想される。少年審判手続から除外された若年者の大半は,立ち直りに向けた十分な処遇を何ら受けることのないまま放置されることとなり,その更生が阻害されてしまうことが懸念されるのである。
これに関して,法制審議会の部会では,少年法の適用年齢引下げにより,少年法に基づく処遇が受けられなくなる18歳及び19歳の若年者に対して,代替手段として,起訴猶予となった者を,家庭裁判所において調査の上,保護観察処分等の要否を判断する制度(若年者に対する新たな処分)を検討している。
しかし,少年法の適用年齢を引き下げて18歳及び19歳の若年者を保護主義の対象から外して成人と同じ刑事手続きの中で処分をすることにしながら,現行少年法と類似するような制度で補完しようとするものであって,「若年者に対する新たな処分」という代替手段が検討されていること自体,18歳及び19歳の若年者に対して,現行少年法の保護主義に基づいた処遇を行う必要性があることを認めているに等しく,少年法適用年齢引下げに合理的な理由がないことを露呈するものである。
また,この制度については,少年法の対象外としながら,なぜ18歳及び19歳の者だけに対して,20歳以上の成人より行動の自由の制限を伴う不利益処分を課すことが許されるのかという理論的根拠が不明である。
このように,法制審議会の部会での若年者に対する新たな処分案は,様々な問題を包含するものであり,およそ現行少年法の代替制度とはなり得ない。
- 6 以上のとおり,少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることに合理的理由もない。また,そもそも,法制審議会の部会の議論でも,少年法が有効に機能していることに争いはない。
よって,当会は改めて少年法適用年齢引下げに反対するものである。
2019年(令和元年)7月22日
長崎県弁護士会
会長 森 永 正 之
会長 森 永 正 之