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1.第162回国会で審議されていた、共謀罪の新設を含む「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」は、衆議院解散により廃案となりましたが、先の総選挙後の第163回(特別)国会に再び上程されました。
しかし、同法案には、以下の通り様々な問題を含んでおり、国民の基本的人権を侵害する重大な危険をもたらすものであります。国民の基本的人権を擁護する責務を負う弁護士会としては、同法案の成立には断固反対するものであります。 -
2.前記法案には、「共謀罪」を新設することが規定されています。
その共謀罪の要件は、(1)死刑又は無期若しくは長期4年以上の懲役若しくは禁錮の刑が定められている犯罪について、(2)団体の活動として、その行為を実行するための組織により行われるものの、(3)遂行を「共謀」した者は、5年以下の懲役または禁錮、あるいは2年以下の懲役または禁錮に処する、とするものです。 -
3.そもそも刑罰法の基本原則である罪刑法定主義は、犯罪の構成要件を明確にすることによって、警察の捜査権限を制限することにより国民の基本的人権を保障しようとするものであります。このため刑法でも、犯罪の実行に着手しない段階での単なる予備行為については限られた一部の重大な犯罪についてのみ処罰できると規定しているに過ぎません。
ところが、同法案の上記の共謀罪の要件では、単なる口頭での会話や電話、電子メールなどによる意思の合意や連絡だけによって共謀罪が成立してしまうことになります。つまり予備や準備行為といった外形的行為がなにもなくても犯罪が成立するというのです。
もしそうなると、共謀罪に対する捜査は自白の追及、盗聴の利用、そして日常の電話やメールなどでの何気ない会話に対しても捜査の目が向けられるというまさに警察国家となってしまいます。
上記の共謀罪の要件では、わが国の現行法では600を超える膨大な数の犯罪がその共謀罪の対象となります。これでは国民の生活の様々な面に対して警察の捜査が繰り広げられる弊害を招くことは必至です。 -
4.そもそも共謀罪は、日本政府が批准した「越境組織犯罪防止条約」第5条を国内法化するための規定です。同条約3条は、条約の適用範囲として「性質上越境的であり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と規定しています。つまり、その対象範囲を例えばマフィアやテロ集団のような国際的な犯罪集団に限定しているのです。
しかし、前記法案に規定された共謀罪において要件とされているのは、前記のとおり「団体性」と「組織性」だけです。この規定では、広く労働団体や市民団体やグループなどの行為が、共謀罪の捜査の対象となる可能性があります。これでは、同条約の目的を逸脱して一般国民の団体を対象にして、しかも組織犯罪集団が関与しない行為に対してまでも共謀罪を適用させようとするものであり、もはや同条約とは別個の新たな犯罪規定を新設させようとしているものであると言ったほうが正確であります。 -
5.また、世界的に見ても、共謀罪を有している国において「共謀」だけで犯罪の成立を認める立法例は少なく、その多くが何らかの「顕示行為」、すなわち共謀成立後の打合せ、犯行手段や逃走手段の準備等の行為が、共謀罪の成立要件とされています。
しかし、前記法案に規定された共謀罪には、そのような限定は何もありません。
以上により、当会は、国民の基本的人権の擁護という弁護士の職務の観点から、同法案に規定された共謀罪の新設には重大な問題があり、断固反対致します。
会長 水上正博