長崎県弁護士会

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 当会は、大村入国管理センター(以下「大村入管」という。)の被収容者に関する人権問題への取組として、当初は当会会員のボランティアにより、2010年(平成22年)からは当会が費用を負担するなどして、被収容者からの無料法律相談を受け付けてきた。その結果、多数の被収容者を代理して、仮放免申請や難民認定申請等を行い、長年、被収容者に寄り添う活動を真摯に続けてきた。

 ところで、法務大臣の私的懇談会である出入国管理政策懇談会の下に設置された収容・送還に関する専門部会(以下「本専門部会」という。)は、2020年(令和2年)6月、「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下「本提言」という。)を取りまとめ、同年7月14日、本提言が法務大臣に提出された。

 本専門部会は、2019年(令和元年)6月に大村入管で起きた長期被収容者の餓死事件及び、長期収容や被収容者の処遇に対する抗議活動も契機として、収容の長期化や、処遇上の問題等を解決することを企図して設置された。本提言のとりまとめに当たっては、出入国在留管理行政において、被収容者の健康問題をはじめとした人権上の多様な問題が発生している現状をふまえ、本専門部会で被収容者の支援者を含む様々な立場からの意見も聴取し、長期収容や収容中の処遇にまつわる問題の解決を企図した議論が重ねられたことがうかがえる。

 しかしながら、本提言がこの問題解決のための措置として掲げる(1)退去強制拒否罪の創設、(2)送還停止効の例外の導入、(3)仮放免逃亡罪の創設の提言については、当会は反対を表明する。

 

  1. 退去強制拒否罪の創設について
        本専門部会は、退去強制令書の発付後も日本から退去しない者に対する罰則(以下「退去強制拒否罪」という。)の創設を検討する旨提言している(本提言29頁)。
        しかし、退去強制令書の発付を受けた者の中には、日本で生まれ育ったことや日本に居住する家族を有することを理由として在留特別許可を求める者や、難民に該当するにも関わらず難民認定されないため、やむを得ず複数回の難民認定申請を行う者等、正当な権利行使を行おうとする者が含まれる。退去強制拒否罪の創設は、これらの者を処罰対象とする危険性があり、到底容認できないものである。現に、本専門部会でも、2016年(平成28年)から2018年(平成30年)の3年間に終了した出入国在留管理関係訴訟のうち、国の敗訴が確定した判決が合計26件も存在する(本専門部会第3回会合資料5)ことから、罰則の創設は裁判を受ける権利を制約する可能性が危惧される、との意見が出されている(本提言31頁)。
        また、そのような者の支援者、日々の生活を支える配偶者等の家族、無料・低額診療を提供する医師・看護師、相談や依頼を受ける弁護士、行政書士等の専門家が共犯とされる可能性も払拭できない。ひいては、人道行為、家族の日常の生活や権利擁護活動までもが不当に処罰されかねないのであり、これらの活動を著しく萎縮させるおそれがある。
        本来、罰則の創設にあたっては、当該行為の原因や理由等の立法事実を検討すべきところ、その検討は未だ不十分であると思われる。そのため、在留特別許可申請や難民認定申請を行う者等、長期収容されても日本での在留を継続せざるを得ない被収容者に対して、退去強制拒否罪の創設が帰国促進につながるとは考えがたい。
      
  2. 送還停止効の例外の導入について
        出入国管理及び難民認定法第61条の2の6第3項が規定する、難民申請中の者の送還を停止する効力に関し、本専門部会は、「送還停止効に一定の例外を設けること。例えば、従前の難民不認定処分の基礎とされた判断に影響を及ぼすような事情のない再度の難民認定申請者について、速やかな送還を可能とするような方策を検討すること」を提言している(本提言34頁)。
        しかしながら、かかる提言は、難民を、迫害を受けるおそれのある領域に送還してはならないという「ノン・ルフールマンの原則」(難民条約第33条1項)等との関係で疑義がある。
        そもそも、現在行われている初回の難民認定申請の手続が問題なく適正に実施されていると評価することはできない。日本は、諸外国に比べて難民認定率が極端に低いことが指摘されている(本提言38頁)。また、難民認定申請の結果日本への在留が認められた人々の中には、複数回申請を行ってようやく難民としての地位を認められた者や、難民とは認められないものの人道的配慮から在留特別許可を認められた者(本専門部会第3回会合資料5)も相当数存在する。
        それにもかかわらず、再度の難民認定申請者等を、はじめから難民認定制度の濫用者等と決めつけ、送還停止効の例外の導入を検討するという提言は容認できない。まず行うべきは、本専門部会も言及する「平成26年12月第6次出入国管理政策懇談会・難民認定制度に関する専門部会」における「難民認定制度の見直しの方向性に関する検討結果(報告)」にもとづいた、難民認定申請の手続の適正化である。
       
  3. 仮放免逃亡罪の創設について
        本専門部会は、仮放免された者が定められた条件に違反して、逃亡し、又は正当な理由なく出頭しない行為に対する罰則(仮放免逃亡罪)の創設を検討する旨提言している(本提言54頁)。
        しかしながら、逃亡した被仮放免者に対しては、保証金の没取などの措置が既に取られており、これに加えて新たな刑事罰の創設を必要とする立法事実が示されていない。
        被仮放免者の逃亡防止にあたって必要な改革は、仮放免や再収容に係る運用の透明化、適正化であり、厳罰化ではない。仮放免や再収容に係る運用が見直されず、入管法に定める無期限収容(同法52条)が行われ続けるのであれば、無期限長期収容と苛酷な処遇環境に対する命懸けの抗議の結果として2019年(令和元年)6月に大村入管で生じた餓死事件の悲劇を、再び繰り返すことになりかねない。
        さらに、被仮放免者が仮に逃亡した場合には、仮放免申請手続や仮放免後の生活を支援していたに過ぎない者に対して、「仮放免逃亡罪の共犯」としての嫌疑がかけられるおそれも否定できない。ひいては、仮放免申請手続や仮放免後の生活を支援するという、人道行為や正当な権利擁護活動を著しく委縮させる可能性がある。
        したがって、仮放免逃亡罪の創設についても、当会は容認できない。
          
  4. 結び
        大村入管の被収容者については、県内外の支援者や弁護士が、支援に携わっている。本提言の内容は、被収容者や彼らを支援する者までをも犯罪者とする危険性を有するものであり、当会としては、本提言に基づく入管法の改正を見過ごすことはできない。
        そもそも、被収容者の人間としての尊厳が守られていないこと、即ち、人として扱われていない現実が、収容施設内で繰り返し生じる被収容者の死亡事件や、昨年の大村入管での餓死事件、広範な抗議活動に繋がっている。かかる現実を直視しなければ、同様の悲劇が繰り返されかねない。
        長期収容問題の解決に必要なのは、刑事罰や送還停止効の例外の導入等による厳罰化ではなく、人間としての尊厳の尊重を念頭においた制度の構築である。今後の制度設計にあたっては、被収容者の処遇改善を進めるとともに、長期収容防止のセーフティガードとなる収容期間の上限設定や、収容に対する司法審査の導入等を検討すべきである。
        

 

2020年(令和2年)10月1日

長崎県弁護士会
会長 中 西 祥 之
ひまわり相談ネット

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