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1.平成28年(2016年)12月15日に、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」(以下「IR推進法」という。)が成立した。
IR推進法は、平成25年(2013年)12月に国会に提出されるも、実質的な議論が行われないまま一旦廃案となり、その後平成27年(2015年)4月に国会に再提出されたものの、1年半以上もの間全く審議されることのないまま、平成28年(2016年)11月30日、衆議院内閣委員会で突如として審議入りし、十分な審議を経ることもなく、極めて拙速に成立するに至ったものである。
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2.ギャンブル依存症対策が不十分であること
IR推進法第10条第8号は、参議院内閣委員会の修正意見に従って、政府が、「カジノ施設の入場者がカジノ施設を利用したことに伴いギャンブル依存症等の悪影響を受けることを防止するために必要な措置に関する事項」を講ずることを定めている。これは、同法律施行によりカジノが解禁されることから、ギャンブル依存症等の悪影響が生じる危険性があることを示唆するものである。
平成26年(2014年)8月に公表された厚生労働省の調査によれば、我が国のギャンブル依存症者数は推計536万人にのぼり、これは成人人口の約4.8%にあたる。この数字は、世界各国の成人人口におけるギャンブル依存症者数の割合が1%前後であることと比べると5倍程度に及ぶものであり、このことは、現時点で、政府がギャンブル依存症に対して何ら有効な対策を講じえていないことの表れである。
このような現状の中で、ギャンブル依存症等の悪影響が生じる危険性を孕む新たなギャンブル、しかも近現代法制史上初となる民営ギャンブルを合法化するべき理由などあるはずもなく、カジノを合法化すべきではない。
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3.多重債務者が増加する危険性が高いこと
当会は、多くのギャンブル依存症者が抱える多重債務問題の解決支援に日々携わっているものであるが、適切な支援が行き届かず、あるいは手遅れとなってしまったために、本人又は家族の財産や身体、時には生命に対する重大な結果に至る事例に繰り返し遭遇している。
ギャンブルは、いわゆる「胴元」が利益を得るためのシステムとなっており、平均をすれば、ギャンブルにつぎ込んだ金銭の回収が図られることはなく、損害を被ることが必定のシステムとなっている。カジノ合法化により、仮に「胴元」となる民間業者やカジノの近隣地域に経済効果が生み出されることがあるとしても、それは、カジノ利用者の悲劇や苦しみを前提としているものであり、ギャンブル依存症者・多重債務者等の犠牲者のうえに成り立つものである。
我が国社会にとって必要なことは、膨大な数のパチンコ・スロット等既存の公営ギャンブルあるいは遊技に対する適切な規制であり、ギャンブル依存症者に対する支援の拡充である。決して、新たなギャンブル、しかも近現代法制史上初となる民営ギャンブルを合法化し、国民の射幸心をあおることなどではない。
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4.カジノは賭博罪に該当する犯罪であること
ギャンブルは、偶然の事情に自己の財産を賭けるものであり、労なくして財産を増やしうる可能性を有するものであるため、その強い誘惑に抗い切れずに、自己の財産を全て投げ打ち、さらには金融機関・消費者金融・ヤミ金にまで手を出す者が生じ、その結果、その人やその家族の生活を崩壊させるに至る危険性を孕んでいる。
賭博罪(刑法185条)の保護法益は、国民一般の健全な勤労観念や国民経済等の公益であるが、カジノはまさに賭博罪が禁止する行為であり、カジノ解禁により、まさに、賭博罪により保護してきた法益が犯されることになる。ギャンブル以外にも、アルコールやインターネットなど、種々の依存症があるが、これらは適法なもの(アルコールについては20歳以上)である一方、カジノは刑法上禁止されている違法なものである。
カジノ解禁推進法は、近代法制史上初めて民営ギャンブルを合法化するものであり、これまで違法とされてきたものを、あえて法律に例外規定を設けて合法化しようとするものであるところ、そのような必要性は皆無である。
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5.反社会的勢力の関与について
カジノを含め、ギャンブルが、世界中で反社会的勢力の資金源となっていることは公知の事実である。日本でもカジノが解禁された場合には、カジノ事業者の利益が反社会的勢力の資金源となる可能性は高い。
また、カジノ利用者をターゲットとしたヤミ金融や、カジノ利用を制限された者を対象とした闇カジノの運営、さらには、いわゆる「ジャンケット」(VIP顧客をカジノに送客し、カジノ事業者からコミッションを得る者)を典型とする「媒介者」としての関与等、反社会的勢力がカジノ周辺領域での資金獲得活動に参入する懸念も大きい。
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6.マネー・ロンダリングの温床となる危険性について
何某かの犯罪等により不当に得た利益であっても、カジノを通すことで、「賭けに勝って得た配当金」となってしまうため、カジノは、マネー・ロンダリングの温床となりやすい。実際、我が国も加盟しているマネー・ロンダリング対策・テロ資金供与対策の政府間会合であるFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の勧告において、カジノ事業者はマネー・ロンダリングに利用されるおそれの高い非金融業者として指定されている。
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7.青少年への悪影響について
合法的賭博が「IR方式」によって取り入れられれば、家族で出かける先に賭博場が存在することになるのであるから、青少年らが賭博に対する抵抗感を喪失したまま成長することになりかねない。
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8.カジノによる経済効果への疑問
カジノ推進の立法目的として、経済の活性化が掲げられているが、その経済効果は、十分な検証の上に評価されるべきである。
たとえば、韓国、米国等では、カジノ設置自治体の人口が減少したり、また、カジノ設置自治体が多額の損失を被ったという調査結果も存在する。地域経済自体がカジノ依存体質に陥ってしまえば、将来的にカジノからの脱却を図ることはおろか、副次的弊害を抑え込むためにカジノ規制が必要となった場合でも、自治体財政を脅かす行為として忌避されてしまいかねない。
これら問題点にもかかわらず、カジノ解禁推進法ではプラス面の経済効果のみが喧伝され、経済的なマイナス要因の可能性について、客観的な検証はほとんどなされていない。
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9.よって、当会は、IR推進法の廃止を強く求める。
会長 川 添 志