長崎県弁護士会 会員 森永 正之
憲法改正に向けた動きが活発になりつつあります。特にウクライナ情勢を踏まえ、憲法に緊急事態条項が必要ではないかという議論がなされています。
しかしながら、そもそも「憲法の本質は何か」ということについては、あまり議論がなされていません。
では、憲法の本質とは何でしょうか。これは、憲法が必要とされた歴史的背景に関係します。
近代市民革命を通じて、国家権力は濫用のおそれがあり、最大の人権侵害者は国家であると認識されました。そこで、国家権力の濫用を抑制し、国民の権利・自由を守るものとして憲法が作られました。
このように、憲法は、国民の権利・自由を守り、国家権力を制限することに本質があるのです。
このことは、憲法改正の場面でも徹底されています。「日本国憲法は国の最高法規であり、その改正については、ほかの法律の改正とは異なり、慎重な手続きを定めています。」「憲法改正にこのような慎重な手続きが採られているのは、憲法が国の権力を制限し、国民の人権を保障する役割を持つ重要な法であるため、国民主権の考えをより強く反映させるべきと考えられているからです。」と。
もしかしたら、「そんなことは知らないよ」という方もいるかもしれません。しかしながら、このことは誰でも学校で学んでいます。実は憲法改正の「」内は中学校教科書からの引用です(新しい社会 公民 東京書籍)。
そうすると、憲法改正が語られる場合、「改正内容が憲法の本質に反しないか」が問題となります。すなわち、国家権力の拡大や国民の人権・自由の制限方向の憲法改正は要注意となります。
では、緊急事態条項についてはどうでしょうか。
緊急事態条項は、国家に緊急事態が生じた場合(大規模自然災害、感染症の大規模なまん延や軍事侵攻等国家有事等)に、三権分立を停止し、国会が制定する法律によらず、政府の判断で国民の権利自由を制限することができる条項です。
内閣総理大臣は閣僚の任免権を有するので、究極的には内閣総理大臣一人の判断で国民の権利・自由が制限されることになります。
イメージしにくいと思われる方もいるかもしれませんが、実は、私たちは似た状況を経験しています。2年前の一斉休校要請です。要請という形ですが、時の内閣総理大臣の一存で、法律的な根拠なしに子どもたちの教育を受ける権利の制約が行われたことは記憶に新しいと思います。
また、一般に改正が問題となる場合、メリットばかりが強調され、デメリットが無視される傾向になります。
緊急事態条項に限らず、憲法改正が議論になる場合、憲法の本質に反しないか、改正のメリットとデメリットは何かを、私たち国民がしっかり検討する必要があります。
(2022年8月2日 長崎新聞「ひまわり通信・県弁護士会からのメッセージ」より抜粋)